大阪ビル火災で言われた既存不適格建築物というものを考える

消防行政

大阪・北新地の放火殺人事件で患者やスタッフら計25人が犠牲となったクリニックは、1970年に建築された8階建ての「堂島北ビル」の4階でした。ビルは火災報知機や消火器、誘導灯などの消防用設備を備えており、現行の消防法令においては問題のない物件だったと大阪市消防局は伝えています。
一方、現在の建築基準法施行令では、「3階建て以上で延べ面積500平方メートル以上であれば排煙設備を設置」、「6階建て以上の建物には地上につながる階段を2か所以上設ける」といった点が義務づけられています。

そして、この堂島北ビルは排煙設備がなく階段も1か所しかありませんでした。では、この建築物は違法建築なのかと言えば、実は違います。
排煙設備と避難階段を定めた、この二つの規定はそれぞれ1971年と1974年に設けられたため、それより前に建てられたこのビルには適用されません。このことにより、大阪市は既存不適格建築物としています。

既存不適格建築物とは

新築当時の法律の下では合法的に建てられていた建物で、現在の法律に照らし合わせると基準を満たしていない建物のことをいいます。不適格とはいうものの、建築当時は合法的に建てられているので、違法建築物ではなく立派な合法建築物です。

建物は、建築基準法や都市計画法、自治体の条例、地区計画等のさまざまな規制を遵守して建築する必要があります。しかし、社会的背景や技術の進歩により法律や条例、建築に対する規制も変わっていきます。

ところが、建物はどうでしょう。何十年、時には100年を超えても変わらずあり続けます。建物が存続する間も法律や条例が変わっていくので、既存不適格建築物も発生せざるを得ないのです。言い換えれば、どのような建築物も将来は既存不適格建築物になる可能性があるのです。

では、既存不適格建築物は重大な違反や劣化した物件なのでしょうか?
転売や増改築においてデメリットはあるものの行政から法律違反を指摘されることはありません。
既存不適格建築物と違法建築物は全く異なるので、保有してもペナルティを課されることはないのです。ただし、増改築等を行うと厳しい基準が適用されるので、なかなか建て直しは進みません。老朽化し、明らかに耐震強度が不足している建築物などが改修されず放置される事例が問題となっています。

建築物に適用される法|建築基準法と消防法

実は既存不適格建築物で著しく危険または有害なものについて、建築基準法第10条に基づく命令を行うことができる規定があります。しかし、実際に命令が出されるケースはほとんどないと言われています。
一方、消防法の場合は「遡及適用」という規定があります。
消防設備が不十分で既存不適格となっていたデパート、旅館などで火災が発生するケースが多発したため、1974年(昭和49年)6月の消防法改正において、公共的要素の高い旅館やホテル、デパート、病院、地下街、雑居ビルなどの特定防火対象物については、現在の基準に適合するよう義務付ける「遡及適用」の規定が初めて設けられました。

「堂島北ビル」は消防法で遡及適用しなかったのか?

消防法で遡及適用される消防用設備については、まず、対象物が特定用途かどうかによります。
消防法に定める特定用途の対象物は

①(1)項イ___劇場、公会堂、演芸場又は観覧場
②(1)項ロ___公会堂、集会場
③(2)項イ___キャバレー、カフェ、ナイトクラブ、その他これらに類するもの
④(2)項ロ___遊技場又はダンスホール
⑤(2)項ハ___性風俗施設
⑥(3)項イ___待合、料理店その他これらに類するもの
⑦(3)項ロ___飲食店
⑧(4)項 ___百貨店、マーケットその他これらに類するもの
⑨(5)項イ___旅館、ホテル又は宿泊所
⑩(6)項 ___病院、診療所,助産所、老人福祉施設等、幼稚園、盲学校、聾学校又は養護学校
⑪(9)項イ___公衆浴場のうち蒸気浴場、熱気浴場その他これらに類するもの
⑫(16)項イ___複合防火対象物のうち、(1)項~(4)項、(5)項イ、(6)項、(9)項イを含むもの
⑬(16の2)項__地下街
⑭(16の3)項__準地下街
が当てはまります。

そして、遡及適用される消防設備等については、建築用途や規模によって適用される設備内容は異なりますが、大きく以下の4設備が該当します。

消火設備:消火器具、屋内消火栓、スプリンクラー設備、水噴霧消火設備、屋外消火栓、動力消火ポンプ
警報設備:自動火災報知設備、ガス漏れ火災警報設備、漏電火災警報設備、消防機関に通報する火災報知設備、非常警報器具及び設備
避難設備:避難器具、誘導灯・誘導標識
消火活動上必要な施設:連結送水管、排煙設備、連結散水設備、非常コンセント設備
※尚、火災等を感知して警報を発し(自火報、非常警報)、避難するに最低限必要なもの(誘導灯や避難器具)は防火対象物の用途に関わらず遡及適用されます。

・消火器、簡易消火器具、乾燥砂
・自動火災報知設備
・漏電火災警報設備
・非常警報器具及び設備
・避難器具
・誘導灯誘導標識
※尚、これらに該当しない防火対象物は遡及適用はされません。

ここで、排煙設備を見てみるとこのビル(16項イ)では遡及適用して設置しなければ消防法的に不適とされると思われます。
しかし、消防法には緩和措置がありました。

既存防火対象物に対する消防用設備等の技術上の特例基準の適用について(昭和50年7月10日消防安第77号)

この通知は消防法施行令第32条の規定を適用する場合の特例基準を定めています。
では、その令第32条の規定はと言うと「所轄の消防(署)長が、防火対象物に可燃物などが無いし、万が一火災が起きてもすぐに対処できる体制(火災被害を最小限にできる)ができているから、消防用設備等の設置を免除(適用しない)してもいいよ」と緩和措置することなんです。
どこまで緩和できるのかを、具体的に示す通知が(昭和50年7月10日消防安第77号)という訳です。
で、なんと書かれているかと言えば、

「排煙設備については、別途通達するまでの間、排煙設備に関する基準は適用しないものとすること。」

で、別途通知はこれまでされておらず、現在のままです。
この緩和措置により、「堂島北ビル」に排煙設備が追加設置されていなかったのですね。
しかし、今後かなりの高確率で新たな通知が出され、当該設備についても何らかの方針がでることが予想されます。また、排煙設備だけでなくスプリンクラーなどの設置基準にも影響があるかもしれませんね。

消防庁は令和3年12月24日付けで、消防法施行令第4条の2の2第2号に該当する防火対象物について緊急点検を1月中に実施し速やかに報告するよう、通知を出しました。
また、建設部局にも同様の立ち入り検査をするよう建設省から通知が出ているようです。
うちでは、建築主事と合同での立ち入り検査を行います。
管内に多くの特定一階段等防火対象物を抱える地域は、正月返上の忙しさでしょうね。
同業者の皆さん、住民の方々が安心して施設利用ができるよう、気張っていきましょう。

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